yukito

Created: 2025-05-27 火 14:38

1 はじめに

約40年も前,この現象の発見を契機として細胞培養研究室を立ち上げ、やがて人体を作ってやろうと目論んで いたのだがそう思うだけで災いが降り掛かってくる不吉な研究だった。数多の災いに流され、着いた先が開業医 で、30数年も経ってしまった。数回の転居等で資料は散逸し、詳細は不明になったが骨子は憶えている。やは り記録を残しておきたいと考え書くこととした。すべての知識は40年前で止まっている。

2 経緯

大学入学は1969頃(s44,19歳)。卒業したのは8年後(s52,27歳)。研修医終りが1979(s5 4,29歳)。

そして大学院入学。生化学教室だった。

教授から言われたこと「きみはなにをやるの?」とりあえず何かを命じられると思っていたのでビックリ。何で もやっていいとのことだった。

3 続き

約一週間の猶予でテーマ決めにかかった。私の指導教官とされた中村先生が新しく細胞培養を始めていたので、 私も多少心奪われていた(我々の細胞が皿の中で生きている!)。ともかくもテーマを2つに絞った。

  • 1.コンピュータシミュレーションで赤血球のエネルギー状態を再現する。
  • 2.フレンド細胞の培養で細胞分化を扱う。(研究室にこの細胞しかなかったから)

4 続き2

教授は1に関する文献をドサッともってきてくれた。しかし私は2をやりたくてウズウズしていた。しばらく時 間と機会を頂いたつもりで2をやり始めたが、何故か教授の凄まじい嫌がらせが始まった。それはさておき思い 出せるものを列記する。

5 フレンド細胞

今でこそ廃れているとはいえその頃は世界的に有名で精力的に研究されていた。日本では井川洋二という人の研 究が、NHKの特集にまでされていた。培養されたネズミの赤白血病細胞で、分化誘導物質(主としてDMSO)でHb 合成するところまで分化するということが興味を持たれていた。赤血球まで分化させた人はいないと、各総論に 明白に書かれている。

6 細胞の増殖曲線

細胞を50倍希釈で3日育てる。増殖曲線は、lag phase, log phase, plateau となる。100倍希釈ではう まく育たない。pleateで育て続けると未分化度が増す。(DMSOで分化させても殆どベンチジン陽性にならない).こ れらもデータ化してもいいが私にそういう時間はなかった。

6.0.1 増殖曲線のイメージ

felcgrowth.png

Figure 1: 増殖曲線(こんな感じ)

7 dmsoによる分化。

本来の培地(10-20%子牛血清添加したEMEM)ではせいぜい1-2%のベンチジン陽性細胞しかないが、DMSO添加培地 では分化と増殖停止がおこる。文献上は8割方ベンチジン陽性に分化すると書いたものがあるが私のやる限りそ んなには行かない。うまく行ってせいぜい半分強だ。継代培養と、培地の血清の問題かと思っていた。

8 ピルビン酸キナーゼ(PK)

まず調べようとしたのがこれだった。アイソザイムが問題で、赤血球は唯一R型。フレンド細胞はM型。分化させ ても変わらない。これもデータ化してよかったのだが、分化させた細胞のPK活性が低すぎてきれいなデータにす るのは骨であり、教授の圧力(嫌がらせ)が凄まじいので次に行った。またPK活性は増殖曲線中のlag phase で 低くlog phaseでどんどん上がりplateauでまた下がる。即ちどんどん育てれば天井知らずに上がる印象だ。これ もデータ化できるがしなかった。私の目的は細胞分化だから。

8.1 増殖曲線とPK活性

growth&pk.png

Figure 2: 増殖曲線とPK活性(こんな感じ)

9 百倍希釈の問題

細胞は死にやすい。しかも妙な細胞になりやすい。(特にlag phaseの時)これが問題。核はpyknotic,細胞質は 空胞。これをさらに調べよう。この細胞で皿をいっぱいにしてやろう。そして、細胞質の行方は?この細胞を不 全脱核とでもとりあえず呼ぶ。

9.0.1 奇妙な細胞

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Figure 3: 不完全な脱核

10 ドイツ人大研究の論文

材料は鶏だったかもしれないが、彼らの研究で、赤芽球と網赤血球は分化の過程で連続しているにもかかわらず、 細胞内のアイソザイム(例えばPK)や細胞膜成分で共通のものは無い。全く無いのだ!

11 脱核

この時点で私が見ている細胞は不完全な脱核現象をおこしたものであろうと推測した。以下、証明すべき事柄。

11.1 不全でない脱核

生理食塩水で細胞を洗うと高い確率で不全脱核する。だから逆に物理的にもっとどろどろしたもので洗うと有形 の脱核するかもしれないと考えて血清で洗ってみた1。できたと思った。たしかにできたのだ!しかし再現 性が問題だった。生き残った細胞は非常に未分化度が増している印象でどうにもならなくなっていた。教授に写 真を禁止されていたが盗み撮りしてとりあえず証明。「脱核を境としてblastとcyteという全く別物になる。こ れはprocessである。」

11.1.1 脱核像

enuc1.JPG

Figure 4: 脱核

11.2 ヘモグロビン(Hb)を指標とした分化

生理食塩水のような物で細胞を洗うと瞬時に不全脱核する。逆にドロドロの、例えば80%血清添加した培地(浸 透圧など調節済み)で育てると細胞培養中の、50倍希釈時に起こる脱核を抑制でき、分化が進むであろうと考 えた。即ち「脱核(能力)を遅らせることによりHbを指標値とした分化を獲得できる」であろう。できた。こ れら黒く染まった細胞2はベンチジン陽性と同等の細胞であることは確かめてある。(分化したものはすぐ に消え去るという悔しい現象を伴うとはいえ)

11.2.1 単に育てただけのフレンド細胞

felc1.JPG

Figure 5: inducerなしでHbを合成するまで分化した細胞

11.3 より完全な脱核

「Hbを指標として分化が進んだ細胞は脱核して新しい細胞を作る」。これについては状況証拠であるができたと 思う。

11.3.1 もっと状態を整えたと信ずる細胞の脱核。

enuc2.JPG

Figure 6: 赤血球とウリ2つ の脱核

11.3.2 control

pigrbc.JPG

Figure 7: 豚赤血球

11.4 脱核途中の像

いつも一晩インキュベートしたあとにのみ脱核したものが見える。どうにかして途中の像を見たいと思ったが一 度も成功しなかった。ただ、代わりにインキュベートしそこねたために脱核しかけて止まったものを2皿か3皿 得ることができた。皿の中のすべての細胞が同じ状態であり、細胞から飛び出しかけた平滑な球体は、ギムザ染 色で、最初真っ青に染まり翌日染めたらピンク色だった。網赤血球を思い起こさせる変化だ。

11.4.1 脱核途中で死んだ細胞

tochuu.JPG

Figure 8: 脱核途中で止まったもの

12 scheme

12.1 赤血球分化

RBCseries.png

Figure 9: 赤血球分化の私的なscheme

12.2 細胞培養時のフレンド細胞

私は8割方この細胞を解いたと思っている。そのスキームを示す。

12.2.1 通常の系

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Figure 10: 通常の細胞培養におけるフレンド細胞

12.2.2 私の系

felc_in_culture2.png

Figure 11: 80%血清細胞培養におけるフレンド細胞

13 その後1

いずれの場合でも分化は長続きできない現象で、すぐ消え去る。(正常化したものの宿命かもしれない)その意 味でフレンド細胞は扱いにくい細胞で、次に研究すべきは幹細胞であると思っていた。まだ細胞培養の研究は草 分けの時代であったから細胞培養でデータを出すことは自分の研究室を持つことを意味すると考えていた。しか し私のデータを発表できる場所は結局なかったので、諦めて開業医となってしまった。

14 その後2

その後アメリカでは幹細胞ブームとなり日本はもはや追いつくことはできないと感じていたが、何故か幹細胞使 用禁止となり、IPS細胞で日本人がノーベル賞を貰うという事態となった。細胞培養の研究は誤解されやすい。 この間の小保方さん騒ぎを見て、私も下手したら同じような目にあっていたかもしれない(いや、なっていただ ろう)と考えて、昔の研究のことを書きたくなった。

Footnotes:

1

実際は細胞を血清中に移し替えて一晩インキュベートした 。

2

この染色物質の名前を、今は思い出せない