約40年以上も前,この現象の発見を契機として細胞培養研究室を立ち上げ、 やがて人体を作ってやろうと目論んでいたのだがそう思うだけで災いが降り掛 かってくる不吉な研究だった。数多の災いに流され、着いた先が開業医で、3 0数年も経ってしまった。数回の転居等で資料は散逸し、詳細は不明になった が骨子は憶えている。やはり記録を残しておきたいと考え書くこととした。す べての知識は40年前で止まっている。
大学入学は1969頃(s44,19歳)。卒業したのは8年後(s52,27 歳)。研修医終りが1979(s54,29歳)。
そして大学院入学。生化学教室だった。
教授から言われたこと「きみはなにをやるの?」とりあえず何かを命じられる と思っていたのでビックリ。何でもやっていいとのことだった。
約一週間の猶予でテーマ決めにかかった。私の指導教官とされた中村先生が新 しく細胞培養を始めていたので、私も多少心奪われていた(我々の細胞が皿の 中で生きている!)。ともかくもテーマを2つに絞った。
教授は1に関する文献をドサッともってきてくれた。しかし私は2をやりたく てウズウズしていた。しばらく時間と機会を頂いたつもりで2をやり始めたが、 何故か教授の凄まじい嫌がらせが始まった。それはさておき思い出せるものを 列記する。
今でこそ廃れているとはいえその頃は世界的に有名で精力的に研究されていた。 日本では井川洋二という人の研究が、NHKの特集にまでされていた。培養され たネズミの赤白血病細胞で、分化誘導物質(主としてDMSO)でHb合成するとこ ろまで分化するということが興味を持たれていた。赤血球まで分化させた人は いないと、各総論に明白に書かれている。
細胞を50倍希釈で3日育てる。増殖曲線は、lag phase, log phase, plateau となる。100倍希釈ではうまく育たない。pleateで育て続けると 未分化度が増す。(DMSOで分化させても殆どベンチジン陽性にならない).こ れらもデータ化してもいいが私にそういう時間はなかった。
Figure 1: 増殖曲線(こんな感じ)
本来の培地(10-20%子牛血清添加したEMEM)ではせいぜい1-2%のベンチジン陽 性細胞しかないが、DMSO添加培地では分化と増殖停止がおこる。文献上は8割 方ベンチジン陽性に分化すると書いたものがあるが私のやる限りそんなには行 かない。うまく行ってせいぜい半分強だ。継代培養と、培地の血清の問題かと 思っていた。
このアイソザイムが問題で、赤血球は唯一R型。フレンド細胞はM型。分化させ ても変わらない。分化させた細胞のPK活性が低すぎてきれいなデータにするの は骨であり、教授の圧力(嫌がらせ)が凄まじいのでデータ関連せず次に行っ た。またPK活性は増殖曲線中のlag phase で低くlog phaseでどんどん上がり plateauでまた下がる。即ちどんどん育てれば天井知らずに上がる印象だ。こ れもデータ化できるがしなかった。私の目的は細胞分化だから。
Figure 2: 増殖曲線とPK活性(こんな感じ)
細胞は死にやすい。しかも妙な細胞になりやすい。(特にlag phaseの時)こ れが問題。核はpyknotic,細胞質は空胞。これをさらに調べよう。この細胞で 皿をいっぱいにしてやろう。そして、細胞質の行方は?この細胞を不全脱核と でもとりあえず呼ぶ。
Figure 3: 不完全な脱核
材料は鶏だったかもしれないが、彼らの研究で、赤芽球と網赤血球は分化の過 程で連続しているにもかかわらず、細胞内のアイソザイム(例えばPK)や細胞 膜成分で共通のものは無い。全く無いのだ!
この時点で私が見ている細胞は不完全な脱核現象をおこしたものであろうと推 測した。以下、証明すべき事柄。
生理食塩水で細胞を洗うと高い確率で不全脱核する。だから逆に物理的にもっ とどろどろしたもので洗うと有形の脱核するかもしれないと考えて血清で洗っ てみた1。できたと思った。たしかにできたのだ!しかし再現性が問題だっ た。生き残った細胞は非常に未分化度が増している印象でどうにもならなくなっ ていた。教授に写真を禁止されていたが盗み撮りしてとりあえず証明。「脱核 を境としてblastとcyteという全く別物になる。これはprocessである。」
Figure 4: 脱核
生理食塩水のような物で細胞を洗うと瞬時に不全脱核する。逆にドロドロの、 例えば80%血清添加した培地(浸透圧など調節済み)で育てると細胞培養中の、 50倍希釈時に起こる脱核を抑制でき、分化が進むであろうと考えた。即ち 「脱核(能力)を遅らせることによりHbを指標値とした分化を獲得できる」 であろう。できた。これら黒く染まった細胞2はベンチジン陽性と同等の 細胞であることは確かめてある。(分化したものはすぐに消え去るという悔し い現象を伴うとはいえ)
Figure 5: inducerなしでHbを合成するまで分化した細胞
「Hbを指標として分化が進んだ細胞は脱核して新しい細胞を作る」。これにつ いては状況証拠であるができたと思う。
Figure 6: 赤血球とウリ2つ の脱核
Figure 7: 豚赤血球
いつも一晩インキュベートしたあとにのみ脱核したものが見える。どうにかし て途中の像を見たいと思ったが一度も成功しなかった。ただ、代わりにインキュ ベートしそこねたために脱核しかけて止まったものを2皿か3皿得ることがで きた。皿の中のすべての細胞が同じ状態であり、細胞から飛び出しかけた平滑 な球体は、ギムザ染色で、最初真っ青に染まり翌日染めたらピンク色だった。 網赤血球を思い起こさせる変化だ。
Figure 8: 脱核途中で止まったもの
Figure 9: 赤血球分化の私的なscheme
私は8割方この細胞を解いたと思っている。そのスキームを示す。
Figure 10: 通常の細胞培養におけるフレンド細胞
Figure 11: 80%血清細胞培養におけるフレンド細胞
いずれの場合でも分化は長続きできない現象で、すぐ消え去る。(正常化した ものの宿命かもしれない)その意味でフレンド細胞は扱いにくい細胞で、次に 研究すべきは幹細胞であると思っていた。まだ細胞培養の研究は草分けの時代 であったから細胞培養でデータを出すことは自分の研究室を持つことを意味す ると考えていた。しかし私のデータを発表できる場所は結局なかったので、諦 めて開業医となってしまった。
その後アメリカでは幹細胞ブームとなり日本はもはや追いつくことはできない と感じていたが、何故か幹細胞使用禁止となり、IPS細胞で日本人がノーベル 賞を貰うという事態となった。細胞培養の研究は誤解されやすい。この間の小 保方さん騒ぎを見て、私も下手したら同じような目にあっていたかもしれない (いや、なっていただろう)と考えて、昔の研究のことを書きたくなった。